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美術団体春陽会が所蔵する歴史的資料のアーカイブ

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春陽会に寄せてESSAY

それからの春陽会 3        田中 正史


◆素描と水墨と挿絵と版画と


 もともと、春陽会には第1回展から、油彩画と並んで水墨画や素描が出品されていた。洋画家の団体としては異例なことだと思われるが、第1回展では、石井鶴三と木村荘八が数点の水彩画を、原田恭平がパステル画を、小杉未醒と石井、坂口右左視、森田恒友が素描を、さらに岸田劉生と小杉、森田が水墨画を出品して、それも、同一作者の作品であるならば、材質・技法のちがいを問わずに、同じ壁面に並べて展示していたとされる。このとき、坂口の作品は春陽会賞も受賞する。とくに森田は、「素描には素描の力と味ひとがあり、素朴な芸術の魅力は、油絵と併列して遜色あるべき筈のものではない」[註07]というような認識を明確に示していた。また、小杉は素描について、「素描、本来独立せる絵画という程に煎じ詰めて来れば、その時コンテと木炭とは変じて水墨とならざるを得まい、同じ黒でもコンテの黒よりは、良墨の黒に変化多く、焼き墨よりは毛筆に含蓄多きを認めねばなるまい、分類癖を逞うすれば、油絵の東洋化などは手ぬるく、実は材料その物に東西の別元来備わっているものかも知れない」[註08]という見解を述べて、素描から水墨表現への展開を当然のことと考えており、第4回展からは「素描室」と「水墨室」が恒常的に設置されることになるのであった。


第6回展での素描室の様子、1928年(昭和3)。

 次いで、第5回展から設置された「挿絵室」も、春陽会創設時の会員たちの個性的な経歴に関係していたといえるのかもしれない。『大菩薩峠』の石井鶴三、『西遊記』の小杉未醒、『富士に立つ影』の河野通勢と木村荘八と山本鼎など、いずれも、話題となった著名な刊行物の挿絵を担当した画家が当初から会員に名を連ねており、あるいは中川一政も挿絵や本の装丁に手を染めてゆくことになる。山本や小杉、森田恒友、倉田白羊といった春陽会の創立会員たちの4人は、かつて、石井柏亭、平福百穂、織田一磨、坂本繁二郎らとともに美術雑誌『方寸』の編集同人を務めており、出版業務にも通じていた。春陽会の創立までの経緯を人間的なつながりで見ると、『方寸』は「院展」の洋画部を遡るルーツだったともいえよう。

 また、これらの画家たちは、いずれも文筆に優れており、「美術」と「文学」の関係性などについても十分に考察を深めていた。たとえば、石井鶴三は中里介山に対して論争を挑み、「挿絵」は「文学」の附属物ではなく、「絵画」として独立したジャンルだという主張を明確に文章で表明している。春陽会では、このような「絵画」の在り方についても根源的なところから捉え直した思潮を、展覧会という場で総合的に展開してゆくような活動を積極的に行なえていたのであった。

 そして、もう一つの柱ともいえる版画についても、春陽会の成り立ちに絡む歴史的な事情が大いに関わってくるのである。創立会員の一人であり、組織のオーガナイザーとして才能を発揮していた山本鼎は幼い頃から版画職人・桜井暁雲(虎吉)のもとで住み込みの徒弟として修業し、9年間の年季奉公を終えたあとの1902(明治35)年に、東京美術学校西洋画科選科予科に入学した。在学中の1904(明治37)年には与謝野鉄幹が主宰する雑誌『明星』に、自画・自刻・自摺による当時では画期的な「創作版画」として、煙管を手に海辺を望んで佇んでいる漁師の姿を、生活感にあふれたリアリズムで表現した《漁夫》を発表。この作品は、石井柏亭によって「刀画」と命名されて大きな話題を集め、山本は従来にない新しい版画を創造した、新進気鋭の版画家として注目されることになる。

 1907(明治40)年、山本鼎は創作版画を奨励して、若い美術家や作家たちの創作拠点とすることを目的に石井柏亭、森田恒友と美術雑誌『方寸』を創刊した。前述のように小杉未醒や倉田白羊も加わり、このときからの、石井を除く4人の交友が、院展洋画部を経て春陽会にまでつながってゆくのである。小杉や森田、あるいは石井鶴三などは、その後、彫師の伊上凡骨と組んで『日本風景版画集』を刊行するなどしており、春陽会には版画を積極的に受け入れる下地が十分に整っていたということなのであろう。さらには、「帰朝画家」であった硲伊之助も版画には深い造詣があり、多くの実作を行なっていた。

 山本鼎はまた、『方寸』の活動が終わったあとも、1918(大正7)年には戸張孤雁らと日本創作版画協会を設立するなど、日本画や油彩画と同列の存在として版画の独自性を主張し、創作版画が隆盛する基礎を築く。「版画」という言葉自体、山本の造語であるともいわれている。

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